カテゴリー「イタリアびいき」の6件の記事

2009/10/28

最後のサンキュー

 愛の贈り物にとんと無縁なあたしだけど、夏のあたまに、夫ミケーレから突然、特に入用でもなかったバイクのヘルメットをもらった。勢い、今年の夏はどこに行くにもバイクの後ろにまたがるはめにはって、スカートもはけやしないんだけど、例の、バイクに乗ると認知機能が向上するという最新の科学がホントっぽい気はしている。

 なんというか、鉄板が一枚なくなっただけで、わざわざアフリカの大地まで出向かなくとも人の視野って結構広いことに気付いたり、さらにはあたしは後ろでじっとしてるだけなので、流れていく町並みや人々の挙動なんかもばっちり観察でき、脳が思考なんかをはじめてしまう。この調子でいけば動体視力の強化も期待できるかもしれない。

 秋の只中に盛夏の話で恐縮だけど、8月15日の祝日も近い片側1斜線のマテーラのメインストリートは、バイクが8の字に追い越しもできないほどきゅうきゅうで、前後の自動車といっしょになって発進しては停止するものだから、ウィークポイントが視力のあたしでも、興味のおもむくまま、いちいちをつぶさに観察することができた。

 こちらもきゅうきゅうの路上駐車の列の中には、スマートを銀色と青のツートーンに塗装したパトカーも停まっていた。イタリア国内を走ってる車って八割がた薄汚れているもんだけど、このパトカーも例にもれず、指でお絵書きができそうなほど全体がまんべんなく土ぼこりで覆われているな~と憐憫の気持ちで眺めていたら、ほんとに落書きがしてあった。

私を洗って
グラツィエ(サンキュー)

 パトカーにする落書きとしては、なかなかこじゃれている。言語って民族の精神性を表すもんだと思うけど、あたしはこの「グラツィエ」の清々しさには、悔しいけれど夢中だ(笑)。だって「どうぞよろしく」ではなくて、「ありがとう」なのである。

 今年の6月、ニュー・アリタリア航空のキャンペーンできゅうきゅうのローマ発成田行きは、旧態どおり、予定の時刻を過ぎてもまだフィウミチーノ空港の敷地内をウロウロしていた。

 イタリア人の機長によれば、「我々の航空機の前に、離陸のため待機している機体が11機あり、離陸まではあと30分ほどかかる模様です。グラツィエ」ということだった。

 ニューとはいえアリタリア航空の、しかも破格のキャンペーン中なことだし、さらには隣がきちんと座っていても「あたしの」空間にまではみ出てくるかっぷくのいい青年だったとしても、文句は言えない。
 

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2008/04/07

インチキイタリアいい話

イタリア人は、道端に遊ぶ子供まで全員が役者だと言った人がいたと思うが、あたしも、平時でもドラマチックに脚色して物語るサービス精神を持ち合わせているとは、思っている。

イタリア語自体が、脚色して物語る構造をしているのかもしれない。一番顕著な例が、数量に関するもので、ローマから各都市までの距離とか、各都市の人口とかやけに細かいわりには、「昨日の夜、ベランダでたばこを吸ってたら、蚊に1000箇所ぐらい刺されてさあ」とか、「今、郵便局にいるんだけど、あたしの前に待っている人が100人ぐらいいるのよ!」とかしれっとして言う。

マテーラに、「百室の館」、「百聖人の聖堂」と親しまれた由緒ある史跡があることからも、今に始まったものではなくて、伝統に裏打ちされた言い回しなんだと思う。聞いていても、誇張していることが余りにもはっきりしているし、しゃれっ気もあって、いかにもイタリア人の気質を表しているようだ。

およそ一般のイタリア人は、テレビや新聞以下、取材というものに弱い。弱いといっても、奥ゆかしい日本人のように、遠慮する方ではなくて、興奮するという意味だ(笑)。サービス精神が旺盛で、言葉で表現することに長けているイタリア人が、ジャーナリズムを前にして、その俳優魂が最高潮になるのを、あたしは何度も目撃してきた(笑)。

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2008/02/01

ガールズナイトのすすめ

Photo_3  ほぼ隔週金曜はガールズナイトの日だ(笑)。

 ガールズといってもメンバーは、全員30歳を越えた妻達なんだけど、イタリアでは40歳までは「青年」と呼ばれるので、結婚したってこどもが2人いたって30代前半ならガールズでいいことにする。ということで、イタリア人は「明後日のことなんか分からない」と恥ずかしげもなく口にするけど、イタリア人のように行き当たりばったりは全く信条に反するドイツ人、スコットランド人、日本人は、水曜日にもなると、件名「オキドキ・ガールズナイト」なんていうメールのやり取りをはじめる。

 いつもなら、夫も子どもも仕事も悩みもひとまず玄関のドアの内側でおとなしく留守番してもらって、おしゃれしてラ・フォカンニャに繰り出すんだけど、先週は、ハイディ(独)の娘リサが週の始めに風邪を引き、ハイディのだんなさまが、事由”子どもの病気”による有休願いをどちらかというと自分のために週末まで引き伸ばしていた。

 金曜日、リサはすっかり元気になっていたんだけど、夫が表向きは子どもの病気で欠勤している同じ日の夜、その外国人の妻が女友達と酔っぱらっていたということになれば、小さい町ではかなりスキャンダラスだ。他所の国で外国人をやるのは、それなりに気を使うもんだ(笑)。

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2008/01/20

点燈夫になりたい

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 キラキラしたものに縁はなくても、キラキラしたものにあたしはめっぽう弱い。キラキラして儚かったらなおのことで、花火オブ花火、日本の花火をずっと贔屓にして来たんだけど、ここ2年で、谷の夜の草むら一面に夢のように明滅するイタリアのホタルに鞍替えした。笑

 光源が一切ない夜の草むらのホタルは、小さな小さな星の粒みたいなのだが、でこぼこした地形に生えた、さらに丈の違う草のそこここに無秩序に明滅するので、まるで地面いっぱいに広げた儚い光のドレープのようだった。

 引越しとともに、忘れた洗濯物をあわてて取り入れようとベランダに出た瞬間、一面のホタルに出くわすなんてこともなくなってしまったけど、この年末、8月のドイツの大型スーパーで思わず手に取ってしまった一巻きのチューブライトを、冷たい風に吹かれて挫けそうになりながらテラスの輪郭をなぞるようにはわせて、生まれて初めてクリスマスのイルミネーションというものを取り付けた。

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2006/10/16

ベランダ憧憬

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 うちのキッチンの掃きだし窓はベランダに続いていて、足元は谷だ。谷が朝もやにすっぽり包まれて午前10時だというのに、ロッジから早朝の富士山の8合目を眺めてるような日が続き、深まり行く秋を感じてしんみりしていたら、今日は一日中、地ふぶきみたいな風がゴーゴーと吹いていた。

 地元の人はキャニオンと英訳してはばからない渓谷の片側斜面にはあたしの住む人口5万8千の街が広がり、短い草が生えるだけの対岸では今でも夏場になるとヤギや羊や牛が放牧されていて、モッツァレッラチーズになったりリコッタチーズになったり、ローストになったりしている。

 そんなヤギだとか牛だとかの群れが、たまにうちのベランダからも見えたり、見えなくても首につけた鈴の音が遠くに聞こえたりして、気分を盛り上げてくれる。去年の観雪のあった日、突然の雪に、羊飼いがヤギだったか羊だったかの群れと立ち往生し、近くにあった洞穴のひとつに身を寄せ、無事保護されたと、地元のテレビ局が報道していた。それはニュースだ。笑

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2006/10/14

おやすみの天使

 ”しゃべる”日本人が少ない外国に3年も暮らしていると、日本人だというだけで、視察に来た環境省の政務次官と一緒に写真を撮ってもらえたりする。それとかなり近いノリで、州が主催する文化イベントの際は、必ず、もしかしたら選り分けている可能性もあるが、郷土の偉大なジャーナリストを記念して設立された、こむつかしい報道ドキュメンタリー賞の選考会にまで招待されたことを考えると、たぶん見境なく、招待状ももらえたりする。

 郵便受けの中を見てみる時はいつも、なつかしい日本から何かが届いているかもと思ってワクワクするけど、ふたを開ければ、水道電気ガスの請求書でなければ銀行口座の残高照会か近所のスーパーの広告で、人生をとてもよくなぞらえている。

 今日も郵便物の束を手に持って、単語帳方式に目を通していて、そのホットな招待状も、うっかり惰性で郵便の束の一番上から一番下に送ってしまった。しかし葉書いっぱいに微笑んでいたのは、見覚えのあり過ぎるイタリア人の顔で、感情の表現は下手なあたしも左側の頬と口角だけで笑ってしまった。

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