2011/03/23

願かけ中

 地震後、初めて母の携帯に連絡がとれた。平時は身内の欲目をさしひいても、まあまっとうな部類の母が耳を疑うことを言った。よほどよほど怖い思いをしたのだと、改めて思い知らされた。

 ここバジリカータは、考えればイタリアでいっとう人口密度が低く、山深くには40℃を超す真夏日にも飛び上るほど冷たい川がりゅうりゅう、流れる地であった。

 水道水を感謝して飲もう。

 節電を習慣にしよう。結構てきぱきと用事がはかどるもんだ。

 一人のときは、なるべく歩こう。幹線道路沿いだって葉っぱがぴんとしてるし。

 福島に希望が見えたら、フィルターのついたピッチャーを買いに行こう。

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2011/03/15

生活を続けるということ

 目が覚めてすぐ、自分はぬくぬくとしてベッドの中にいることを強く意識しました。

 部屋は少し寒いけどスイッチを入れればやがて温水暖房が循環をはじめるし、昨日と同じように、あったかいミルクコーヒーが飲める。

 このころは6時前にはもう空がしらじらとしているのですね。被災地の方は、どんな思いでこの夜を過ごしたのか、過ごしているのかと、涙がこぼれます。

 S.モームの『人間の絆』で、父親が自慢の娘をこう描写する場面があります。「こいつはね、先生、戦争があろうが、革命が起ころうが、(中略)きちんきちんと、自分のことだけはやっていくっていう女でさあ。」

 地震があった夜、来週にミリタリーの実務試験を控えた甥が、フライトをインターネットから予約するために、うちに来ることになりました。

 若者の失業問題が深刻な南部で、甥にとっては人生のかかった一大事です。おじさんの嫁の国で起きた地震は、現実問題としての試験の前では、遠い国の悲しい大惨事以上でも以下でもないようでした。 

 甥を非難する気はさらさらなくて、あたしたち日本人も今までそうやって、いろいろをあまりに軽くやり過ごして来ました。

 ヒロコヒロコと慕ってくれるかわいい甥がご飯時に遊びに来るとなれば、ご飯をすすめたいとも思い、一方で、故郷で何が起こっているのか分からない。あたしは、その夕方の時点で、日本の家族と連絡が取れずにいました。

 Ustreamの地震情報から身をひっぺがすようにして、あたしは買い物に行くしかありませんでした。ご飯なんかどうでもよくて、腹が立つほどだったけれど、その時点であたしのするべきことは、結局たったそれしかなく、他にできることといったら、あとはその家事さえ放棄することだけでした。

 あたしたちの悲しい愚かな歴史の中で、どれほどの人が、こうやって、吐き出すことも飲み下すこともできない思いを抱えて、黙ってご飯の支度をしたのでしょうか。

 今だって、いろいろな状況下で、遠くの愛する人のために、何をすることも能わず、自分は昨日と変わらない生活ができることに、心を痛めている人がいるでしょう。それでも生活を続けるということ、そのなんと難しいことよ。

 生活するということをもっと大切にしようと、今だからこそ強く思います。

 

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2011/03/10

ウィメンズデイの翌日

 おとといミケーレが、これは雪の寒さだとインディアンみたいなことをつぶやいていたが、本当に、お向かいの切り妻にうっすらと雪の残るウィメンズデイとなった。女性の日。ここいらでは身の回りの女性にミモザを贈る日とか老いも若きも女同志で出歩く日のようなことになっている。

 伴侶からクリスマスだ、誕生日だに何かを貰うことは、とうにあきらめた潔いあたしに、親友のサベリオ(7)がミモザを一枝くれた。

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瓶が欲しくて買ったミネラルウォーター。小ぶりで草花を選ばないので、テーブル用の一輪挿しとして、気が付けば正規の花瓶より活躍中。

 さらには、女二人で出かけたSHIBUYAで、帰りしなにオーナーから、たわわな一枝をもらい、プロセッコでほろ酔いの大上機嫌で家に帰ったら、枝ぶりのいいミモザがダイニングテーブルの上にでんと置いてあった。

 長生きはするもんだ笑。聞けば、会社帰りに手折ってきたという。ここで手折ると訳すのは、完全な誇大だが、ああ日本語にはなんと甘美な表現があることよ。

 覆水盆に返らず、折って持って帰ってきてしまってはどうしようもない。とにもかくにも空きビンコレクションを総動員して、ミモザだらけになった家中をうれしく見回す。

    

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2011/02/02

田舎暮らしの醍醐味

 市役所でひょっこりと農家のヴィンチェンツォに会って、久しぶりねという当たりさわりのない話をしたら、翌日、今シーズンのワインをわけてくれると電話があった。

 農家といっても、オリーブオイルとかおよそ南伊と聞いて連想できるものは、たいがい自前で原料から生産しているマッセリアというやつで、ヴィンチェンツォんとこは、ブドウジュースみたいな濃蜜なワインを醸造する。 

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生産者が分かるワインとオレンジで作った、考えたらなんとも贅沢なゼリー。5つ分の材料費は1ユーロほどの計算(このうち市販の板ゼラチンが90セント!)

 聞けば、銘柄こそなくても、グレーコ・ディ・トゥーフォの白と、ラクリマとプリミティーヴォのロゼという。 おお・・・それがいかにもぞんざいに5ℓのプラスティック容器に入っていて、いずれも1リットルがわずか1.5ユーロばかりなのである。

 やっぱり露地物の青物をトラックで売り歩く陽気なビートは、上得意の義母が買いに行くたびに、そう言えばおまえさんのところのせがれの嫁はと話を持ち出し、決まってせがれの嫁の分まで持たされて帰ってきてしまう。

 とはいっても2ユーロも出せば、5kgほどもくれる上に、セロリだ、イタリアンパセリだとおまけまでつけてくれる。ちょうどビートのオレンジをどっさりもらったばかりだった。

 すっかり当たり前に思ってしまっていたが、考えれば生産者が分かる食品が毎日の食卓にのぼるというのは、贅沢なことではないか。

 開封一番を飲みながら、ロゼでゼリーをこしらえたら、やはり美味しいのだった。

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2011/01/29

ハウチワ豆とニンニクの炊き込みご飯

 ハッピーアワーでおなじみアペリティーボでオリーブなんかと一緒に出てくるラピーニって豆があります。ラピーニって何なのさ?と小学館伊和中辞典を繰ってもハウチワマメって、日本語にする甲斐もありません。

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 ちょうどカフェグローブのゆるベジなキッチンの浅倉ユキさんが、しょうがと銀杏とお豆腐の炊き込みご飯を紹介していて、おお、これは・・・と縦・横・斜めから矯めつしかめつ眺めておりました。

 というのも、この寒さではわざわざ行くのも億劫なところで豆腐は買えるにしても、さすがに銀杏は難しい。

 昨日、ふとラピーニを見つけて、久しぶりに口にしてみたら、その青大豆に通じる風味の良さに、豆腐どころかもそういったらショウガもなかったけれど、炊き込んでみたら、なかなかオツな味でした。

<ハウチワ豆とニンニクの炊き込みごはん>

  • 米 250ml
  • お水 250ml
  • ラピーニ 30粒 
  • ニンジン小 1本
  • おろしニンニク 一片分
  • しょうゆ 大さじ1と1/2
  • 美味しいオリーブオイル 小さじ2
  • (仕上げ用) 塩、白コショウ 適宜
  1. ラピーニは皮をはずす。ニンジンは千切りにする。
  2. お米を研ぎ、同量の水、合わせ調味料(ニンニク・しょうゆ・オリーブオイル)、1を加えて炊く。
  3. 炊き上がったら、全体をふっくらと混ぜ、白コショウと必要ならお塩で味を整える。

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2011/01/24

おお、イタリア語/馬(語)の辞典!

 イタリア語で、伊和辞書のことをディツィオナーリオ・イタリアーノ-ジャッポネーゼといい、和伊のことを同じくジャッポネーゼ-イタリアーノという。

 ディツィオナーリオは英語でいうところのディクショナリーで、伊英ならばイタリアーノ-イングレーゼ、英伊ならばイングレーゼ-イタリアーノ、伊仏ならば、イタリアーノ-フランチェーゼ、仏伊ならば、フランチェーゼ-イタリアーノという具合だ。

 ここしばらく、外国人の君にはこれがよろしかろうという向きのイタリア語の辞書を探している。bol.itというアマゾンのような、しごくまっとうなサイトで、イタリア語の辞書を検索したら、トップに躍り出たのが、最高にエキセントリックだった。

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『バイリンガル・ディクショナリー イタリアーノ-カバッロ(馬)、カバッロ-イタリアーノ

 さすがに、カバッロ(馬)→カバッレーゼ(馬語)と語尾変化まではされてなかったが、これはご紹介するよりほかないだろう。

(副題)流暢に馬のことばで話をするための160語

フランチェスコ・デ・ジョルジオ/ヴァレンティーナ・マウリエッロ/エスター・コルヴィ 共著

2010年 出版社Sonda

16.90ユーロ

今ならBOL価格で12.68ユーロ、2営業日以内のお届けだ。もちろん言語はイタリア語である。

夫ミケーレからは期待したようなリアクションはなかった。笑うポイントには人格も教養もでるというけど、畜産の世界ではしごく当たり前のことなのかしらん?

 そういえば、ベファーナの連休にポッリーノの貸し山荘に行った折、親切にふもとの肉屋までの道を教えてくれた羊飼いのおじさんも、何か長音を3度続けた後に撥音でもって、ぞろぞろ連れたヒツジを、そらそらと誘導してたっけ。

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2011/01/20

晩餐の後に

 家の中が、夕ご飯に客があった形跡をとどめている今朝、こぐれひでこさんの「ごはん日記」にやっぱりゲストを呼んで、夕方6時、宴が開始とつづってあった。夕方6時、あたしはバスルームのなかでも客の導線部だけをわしわし洗っていて、そのあと花を活けて、生エビを茹でて、アボガドとセロリとトマトとニンジンとフィンネルとリンゴを切って、ご飯を炊かなければならなかったので、日本ではあたしにはとても無理と感慨を抱いた。

 なぜなら、クリスティーナとフランチェスコとは、じゃ9時-9時半ね、といかにも南イタリア的な約束をするも、「本当に」やって来たのは、生野菜のももラー添えのエンダイブもかぴかぴすんでの10時だった。それでも、並べたフォークとナイフを心持ちずらしたり、崩れやすい部分を入念に化粧直ししたり、それでも限界というものもあるので、照明をキャンドルに代えてみたり、時間はいくらあっても足りない。

 ひとさまをお呼びすれば、ワインやドルチェの包装紙などもさることながら、エビの殻とか野菜果物類の皮など、見栄のぶんだけゴミの量が増える。今朝、有機ゴミ、燃えるゴミ、リサイクルゴミの3つのビニール袋がそれぞれ飽和していた。

 あたしのたちとして、これは一刻も早く捨てに行って、さっぱりとしたいのだが、ふと、あたしの家から持ち出されるこのゴミは、ただうちを出てゴミ収集場に移動するだけであることを、なんとなく思ったりした。

 

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2011/01/17

ドイツ発(?)人生に必要ない贈りものは笑い種にするすすめ

 晩ごはんにピザ一枚をおさめてしまうと、どうしても午前3時半に目が覚める。午前3時半といったらまだ夜なのに、頭なんかやたら煌々としている。こうなればせっかくの鋭利な頭で翻訳をはかどらせつつ、生年月日と出生時刻を入力する無料占いをしてみたら、鏡リュウジの総合運も、新宿の母の仕事・財・成功運もそのほかの出会いも恋愛も軒並みすごい結果で、出生時刻は調べ直す必要があるにしても、がぜんやる気になっている2011年。

 初春のサルディあるいはバーゲンの季節もたけなわなわけだが、なんでも前倒し傾向の近ごろは、クリスマス明けには、得意向けにしても結構おおっぴらにバーゲン情報が届いたりする。25日午前中までもは、1セントとて割引かないが、それでもクリスマスまでにみな、それぞれの気持ちを抱えて、うきうきしながら、殺気立ちながらプレゼントは求めることになっている。

 ということで目を覚ますと、性別も年齢も様々な聖ニコラウスがにこにこと、うまいコメントがとっさに出てこないタイプの贈り物をくれたりして、ゴミ問題には常に心を痛めているあたしをイライラさせる。

 それでクリスマス前、今夜は女性だけよの日に女8人、最近オープンしたラウンジバーのギャラクシーなネオンのなか、エコロジー先進国ドイツより、ハイディ友人が発案のさるX'masプレゼントの交換をしたのだけれど、これが途方もないほど面白い。やんややんやの大盛り上がりのうちに、年明けすぐにはエピファニアの第2回大会が開催され、すでに復活祭をめがけて第3回大会を予定している。

 ルールはあってないようなものだが、およそ次のようなものである。

  • 家にある交換「さえ」不可能な不用品のなかでも、悪い意味の方で選りすぐりを1点選ぶ
  • 中身が見えないよう、かつまた多少プレゼントらしくあるために包装はする
  • ダイスを振って、得体の知れないプレゼントを交換、横取りしあう。
  • 全員がプレゼントを手にしたら、1人ずつ恐怖の開封
  • いっとうひどいプレゼントを持ってきた人が、チャンプとして拍手喝さいされる

 ※ 貰ったものは次のプレゼントとしては転用できません

 アイロニーを好むイギリスでは「クリスマスにもらったセーター」という婉曲的な表現があるらしいが、イタリアでも結婚式から帰ったら、ボンボニエーレ(砂糖菓子入れ、引き出物一般)が何だったかで、利害関係の一致する人同士こっそりとひと盛り上がりすることになっている。その他、洗礼を受ければボンボニエーレ、堅信式を受ければボンボニエーレ、大学を卒業すればボンボニエーレと、国中でボンボニエーレが右から左へ移動しているので、ごく一般的な社会生活を受け入れていれば、どっかにはあるはずのあれやこれやを抱えて生きているわけだ。

 スワロフスキーのてんとうむしとか、トゥーンの天使の置物とか、何回見てもランバンではないランバンのバッグとか、新郎新婦のイニシャルを入れてしまったデコパージュのお皿などが、あら不思議。今日から消えてなくなる、あるいは友だちを通じて始末してもらえるという魔法のような遊びなのだ。人生に要らないキッチュなプレゼントは、おおいにこれを交換しましょう。煩わしいことは少ない方がいいのだし、あたしたちは忙しいのだし。

 今年の目標:最小限のもので生きてく

 

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2010/08/12

ダーヴィンが来ました!

この9月、NHK「ダーヴィンが来た!」に、マテーラのヒメチョウゲンボウが登場します!

 動物全般とは、心あたたまるような私的なエピソードも特にないが、そういえばつい先日、人生で2度目に馬に乗って、2kmの山道をたまに馬ごと滑ったりしながらぽくぽく移動してきたが、その馬の名前がステッラ(星)だった。

 なんでわざわざ名前を聞いたのかといえば、手伝いをしていた夏休みのちびちゃんが、あたしの馬を引っ張って来てくれたからだ。初めての馬は山形だったにも係わらずダイアナといって、なんで名前を知っているかといえば、やっぱり夏休みの少年が手綱を取ってくれたからだ。

 もう10年以上も前の話だけどダイアナといえば、イギリス王室の皇太子妃の前に月の女神、ギリシア神話のアルテミスだ。次に馬に乗りそうになったとき、はやぶさぐらいまではギリギリセーフにして、宇宙関連の名前でなければ乗らないことにしよう。

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2009/10/28

最後のサンキュー

 愛の贈り物にとんと無縁なあたしだけど、夏のあたまに、夫ミケーレから突然、特に入用でもなかったバイクのヘルメットをもらった。勢い、今年の夏はどこに行くにもバイクの後ろにまたがるはめにはって、スカートもはけやしないんだけど、例の、バイクに乗ると認知機能が向上するという最新の科学がホントっぽい気はしている。

 なんというか、鉄板が一枚なくなっただけで、わざわざアフリカの大地まで出向かなくとも人の視野って結構広いことに気付いたり、さらにはあたしは後ろでじっとしてるだけなので、流れていく町並みや人々の挙動なんかもばっちり観察でき、脳が思考なんかをはじめてしまう。この調子でいけば動体視力の強化も期待できるかもしれない。

 秋の只中に盛夏の話で恐縮だけど、8月15日の祝日も近い片側1斜線のマテーラのメインストリートは、バイクが8の字に追い越しもできないほどきゅうきゅうで、前後の自動車といっしょになって発進しては停止するものだから、ウィークポイントが視力のあたしでも、興味のおもむくまま、いちいちをつぶさに観察することができた。

 こちらもきゅうきゅうの路上駐車の列の中には、スマートを銀色と青のツートーンに塗装したパトカーも停まっていた。イタリア国内を走ってる車って八割がた薄汚れているもんだけど、このパトカーも例にもれず、指でお絵書きができそうなほど全体がまんべんなく土ぼこりで覆われているな~と憐憫の気持ちで眺めていたら、ほんとに落書きがしてあった。

私を洗って
グラツィエ(サンキュー)

 パトカーにする落書きとしては、なかなかこじゃれている。言語って民族の精神性を表すもんだと思うけど、あたしはこの「グラツィエ」の清々しさには、悔しいけれど夢中だ(笑)。だって「どうぞよろしく」ではなくて、「ありがとう」なのである。

 今年の6月、ニュー・アリタリア航空のキャンペーンできゅうきゅうのローマ発成田行きは、旧態どおり、予定の時刻を過ぎてもまだフィウミチーノ空港の敷地内をウロウロしていた。

 イタリア人の機長によれば、「我々の航空機の前に、離陸のため待機している機体が11機あり、離陸まではあと30分ほどかかる模様です。グラツィエ」ということだった。

 ニューとはいえアリタリア航空の、しかも破格のキャンペーン中なことだし、さらには隣がきちんと座っていても「あたしの」空間にまではみ出てくるかっぷくのいい青年だったとしても、文句は言えない。
 

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